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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)1355号 判決 1951年2月16日

控訴人 被告人 岡本護謨工業株式会社 岡本勇

弁護人 石浜美春

検察官 片桐孝之助関与

主文

原判決を破棄する。

被告人岡本護謨工業株式会社及び被告人岡本勇を各罰金五万円に処する。

被告人岡本勇において右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

但し被告人岡本勇に対して本裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人等の負担とする。

理由

弁護人石浜美春提出の控訴趣意は後記の通りであつて、検察官は本件各控訴は理由のないものとしてその棄却を求めた。

控訴趣意第一点について。

原判決によれば原審が判示第一として論旨摘録の事実を認定し該事実に対し論旨摘示の法条を摘用していることは所論の通りであり、更に一般公知のように臨時物資需給調整法は昭和二十一年十月一日法律第三十二号として公布即日施行されたが、同法附則は同法の失効期限に関して同二十三年四月一日または経済安定本部の廃止の時の何れか早い時にその効力を失うと規定したこと。同二十二年三月二十九日法律第二十三号(以下法律第二十三号と略称)を以て同法の附則以外の一部が改正されたこと、同二十三年六月十五日臨時物資需給調整法に基いて現行の指定生産資材割当規則が公布されたこと、更に同年三月三十一日法律第十六号臨時物資需給調整法等の一部を改正する法律(以下法律第十六号と略称)第一条において臨時物資需給調整法附則の効力消滅の期限である昭和二十三年四月一日または経済安定本部の廃止の時が同二十四年四月一日または経済安定本部の廃止の時と改正され、右法律第十六号は同年三月三十一日附官報号外で登載公布されたことは各明かであるが、論旨において臨時物資需給調整法の失効期限を定めた同法附則が法律第二十三号(論旨が同法の日附を昭和二十三年三月三十一日とするのは同年三月二十九日の誤である)によつて改正されたとするのは誤解であつて、既に説明したように同附則は当初から同法の失効期限を同二十三年四月一日または経済安定本部の廃止の時と定められているのであり、その失効期限を改正延長したのは法律第十六号であつて法律第二十三号でないことを注意せねばならない。

それは兎も角として論旨は法律第十六号は臨時物資需給調整法の消滅失効前である同二十三年四月一日迄に公布の予定であつたが、同法律を登載した官報号外の一般外部えの発行がおくれてその発行されたのは同年四月九日となつたため臨時物資需給調整法は同月一日完全に消滅失効したものであり、その既に消滅失効した法律をその後に到つて改正施行したところでその効力を継続維持し得ないことは理の当然であり、従つて臨時物資需給調整法に基く指定生産資材割当規則も亦同時に消滅失効したものであるから、その失効以後である同年十月三十日頃から同二十四年七月頃迄の間になされたとする本件第一事実の買受行為は罪とならぬものであるに拘らず、原審がこれを有罪としたのは法令の適用を誤つた違法があると主張するところである。仍て按ずるに凡そ法の成立とその外部的拘束力の発動とはこれを明確に区別することを要し、法はその成立と同時に当然その外部的拘束力を発動するに到るものあるが、他方法が一旦法として成立する以上当然法としての効力を具有しその公布施行のない間はその外部に対する拘束力の発動が単に一時的に停止せられている状態にあるのであつて、その外部的拘束力が未発動の状態にあるの理由を以てその法としての存在並びに法としての効力を無視することは許さるべきではない。而して法律の成立について日本国憲法第五十九条は法律案は特別の定めのある場合を除いて両議院で可決したとき法律となると規定し、その外部的拘束力の発動について法例第一条は法律は公布の日から起算して満二十日を経てこれを施行す、但し法律を以て之に異りたる施行時期を定めたときはこの限りにあらずと規定しているのであるが、前示法律第十六号は昭和二十三年三月三十一日即ち臨時物資需給調整法の消滅失効前に既に両議院において可決成立しているのであつて曩に説示したように右法律第十六号(その附則において公布の日から施行と規定されている)は右成立と同時に法律としての効力を具有するに到りその規定の内容に応じて臨時物資需給調整法の存続は同二十四年四月一日または経済安定本部の廃止の時迄有効に改正延長されたものとなさざるを得ない。従つて仮令右法律第十六号公布の日が所論の通り同二十三年四月九日であつたとしても唯その時迄その外部的拘束力の発動が一時的に停止されていたというに過ぎないのであつてその公布(公布と同時に施行されることがその附則に定められていることは前述の通り)によつてその外部的拘束力を発動するに到つたことが明かであり、同年四月一日から同月八日迄の行為は別論として少くとも同月九日以後に係る本件第一事実の買受行為は臨時物資需給調整法並びに同法に基く指定生産資材割当規則の適用を受くべきことは当然のこととせねばならず、論旨の既に消滅失効した臨時物資需給調整法を右法律第十六号によつて改正公布したところでその効力を継続維持し得ないという主張は結局法律の成立従つてその法としての効力の具有とその公布施行即ちその外部的拘束力の発動とを区別せざるに坐するものであつて到底容認し難い見解といわなければならない。即ち原審の処置には法令適用の誤があるとする論旨はこれを排斥すべきものである。

同上第二点について。

原判決によれば原審は後記第一及び第二の事実を認定した上各被告人に対し夫々論旨摘示の刑を言渡したものであるが、一件記録によれば論旨摘記のように被告会社は護謨履物製造業及び護謨製品の製造業並びにこれに附帯する一切の事業を目的とする会社であつて、通産省の指定生産割当に基いて護謨履物の指定生産を為していたものであるが、同省からの生産指定の地下足袋及び布靴に対する原料として割当られた護謨に比してその補助材料たる繊維品の割当が不円滑であり、他方同省から炭鉱用並びに供米農家に対する報奨用としてその納期の督促が厳重であつて、その納期を確保する為被告人岡本勇は被告会社の取締役として護謨製品を闇売し、これによつて補助材料たる繊維品を闇買したものであり、その間特に不正な利益の追究に狂奔した形跡も認められないのであつて、右の事情において直に論旨のように適法行為の期待が不可能と迄はいえないが、その犯情としては充分斟酌の余地があるものというべく、右の事情から見て原審の科刑は苛酷に過ぎるので原審の量刑不当なりとする論旨は理由があり、原判決は刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条によつて破棄を免れず、且つ本件は一件記録によつて直に当審において判決し得ると思われるから同法第四百条但書に則つて更に判決する次第である。

(事実)

被告会社は肩書地に本店を有する護謨履物製造業及び護謨製品の製造業並びにこれに附帯する一切の事業を目的とする株式会社又被告人岡本勇は被告会社の代表取締役としてその業務を総括主宰するものであるが、被告会社の業務に関し法定の除外事由なく社員森力等と意を通じ右本店所在地において

第一、別紙第一犯罪表のように昭和二十三年十月三十日頃から同二十四年七月頃に至る迄の間前後十七回に亘り大阪市東区安土町糸源商店外四名より指定生産資材である綿織物合計二千二百三十四ヤール綿糸九十ポンドを割当証明書と引換えずに代金合計五十六万六千百円にて買受け

第二、別紙第二犯罪表のように昭和二十四年四月二十七日頃から同年七月七日に至る迄の間前後十六回に亘り、右会社製造に係る未検査品の護謨履物を大山俊彦外十二名に対し製造業者販売価格を金十四万七千八百三十五円六十八銭超過する代金合計十七万八千七百十円にて販売したものである。

(証拠)

一、原審第一回公判調書における被告人岡本勇の供述記載

一、被告人岡本勇作成の上申書

一、被告人岡本勇の経済調査官に対する第一回供述調書

一、被告会社の登記簿謄本

一、馬淵正美作成の始末書

一、森力作成の始末書

一、森力の経済調査官に対する第一回供述調書

一、新海俊一作成の始末書

一、大山俊彦作成の始末書

一、証第三号(出金伝票七葉)証第七号(入金伝票十四葉)の存在及び記載

(適条)

法律に照すと被告人等の行為中判示第一の昭和二十四年二月一日以前の各行為は夫々犯行時法によれば臨時物資需給調整法第一条第四条指定生産資材割当規則第一条第九条(被告会社に対しては更に臨時物資需給調整法第六条適用)に又裁判時法によれば、右法条の外罰金等臨時措置法第二条第一項に各該当するところ刑法第六条第十条によつて新旧両法を比照して軽い旧法即ち犯行時法に従い次にその余の判示第一の各行為は臨時物資需給調整法第一条第四条指定生産資材割当規則第一条第九条(被告会社に対しては更に臨時物資需給調整法第六条適用)に判示第二の各行為は物価統制令第三条第四条第三十三条昭和二十三年八月三十日物価庁告示第七百七十七号罰金等臨時措置法第二条第一項(被告会社に対しては更に物価統制令第四十条適用)に各該当するので夫々その所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十八条によつてその合算した罰金額の範囲内で被告人等を夫々罰金五万円に処し、被告人岡本勇において自己の罰金を完納することができないときは、同法第十八条によつて金二百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置し、尚同被告人に対しては前記の情状を斟酌して同法第二十五条罰金等臨時措置法第六条に則つて本裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予し、又原審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項によつて全部被告人等をして負担せしむべきものと認めて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 薄井大介 裁判官 山田市平 裁判官 小澤三朗)

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